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錦織圭が試合で活躍出来る [試合]

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今いちばん勢いがあり、注目されている日本人スポーツ選手は、「錦織圭」だと思います。

今までは「世界に通用しない、する訳がない」と思われていたテニス界ですが、錦織圭選手は2014年には4大大会決勝進出、2015年には世界ランキング4位に上昇し、日本ならずアジアの記録もどんどん塗り替えています。

日本だけでなく、アジアで「錦織圭」の名前を知らない人物は、少なくなってきているといっていいでしょう。

が、テニスの主戦場は欧米で、また、今までは錦織圭選手が活躍するまで、日本に世界に通用する有力選手があまり存在しなかったということで、テレビ放映は未だにされてないことが多く、最近錦織圭選手のファンになった方、テニスファンになった方は、「どこで錦織圭の速報、試合結果、リアルタイムで見れるの?」と、気になっていることだと思います。

ということで、ここではテニスはどこで見ることが出来るか、錦織圭選手をリアルタイムで見ることが出来るのか、錦織圭選手の情報はどこで集めるか、テニスをより深く見るには、ということを、簡単に紹介したいと思います。

地上波では今のところ、NHKがウィンブルドンを放送する程度です。
四大大会(グランドスラム)でも、いちばん歴史がある大会です。グラスコート(芝)の大会で、6月最終の月曜〜7月第1週に基本的に行われます。
決勝は生放送されます、が、それ以外は録画放送が多いです。
生放送ももちろんありますが、リアルタイムで見れることは少ないです。
また1日の放送では、1〜2試合が放送されるので、「見ることが出来る試合」「見ることが出来ない試合」があります。
今は錦織圭選手が注目されていますので、もちろん錦織圭選手の試合が優先的に放映されると思います。
NHKの放送ですので、日本人選手が優先して放送される傾向にあります。

また、国内大会も地上波で放送されることがあります(全日本選手権などです)。
ただ、放映枠を超えて放送されることは少なく、録画放送であることも多く、準決勝、決勝のみが放送される傾向にあります。
錦織圭ブームが来ている今は、今後、国内大会が放送されるときは、錦織圭選手の試合が優先して放送されるのかな、と個人的には思います。

もし、「じっくりテニスの試合を見たい」と思われる場合は、WOWWOW、もしくはCSスポーツチャンネルである「GAORA」がいいと思います。

WOWWOWは、グランドスラム4大大会(ウィンブルドン、全米、全仏、全豪)の放映権を持っていますし、大会開催中は放送枠をとってじっくり放送してくれます。
また、日本人、特に錦織圭選手については、ほぼ全部放送してくれます。
他にも、錦織圭選手の特番が頻繁に放送されるのもおすすめな点のひとつです。
2015年には、錦織圭選手のグランドスラムの試合が、ほぼ全部(過去のものも含め)放送されることになっていましたので、最近錦織圭選手のファンになった、という方にとっては、非常にありがたいのではないでしょうか。

また、GAORAは、男女ツアーの放送以外にも、ATP Tennis Showという、テニスファンに評判のいい番組があります。
テニス界のニュース、各選手にスポットを当て、「現在のテニス界」が理解しやすい番組です。錦織圭選手、結果、速報、リアルタイムでの試合だけでなく、現在のテニス界のことが知りたい、と考えている方は、GAORAがおすすめです。
また、GAORAは、AIGオープン、東レPPOなどの大会を、朝〜夜まで、半日以上じっくり放送することもあります。
大会ごとに異なりますが、1回戦から放映してくれることもありますので、初戦から見たい、錦織圭選手以外も1回戦からじっくり見たい方には、GAORAは非常にありがたいと思います。
また、放送予定がない大会でも、錦織圭選手が出場する大会を、特別に放送してくれることもあります。

テニスの試合を本格的に見るなら、地上波という選択肢でなく、「GAORA」と「WOWWOW」を選択するのがいいと思います。
また、放送している内容も異なりますので、テニスを本気で見たいと思う方は、「GAORA」「WOWWOW」、両方加入しても損はありません。

ただ、「今から加入して、毎月、月額料金をテニスだけのために払うのは……」「もっと手軽に、テニスを観たい」と考える方もいらっしゃると思います。

そんな方のために、JTA(日本テニス協会)運営の「JTA Tennis ONLINE」では、国内大会中心で、視聴が可能です。
無料会員でも見ることが出来るコンテンツが豊富ですが、月額420円で有料会員のみが閲覧できる試合もありますし、有料会員向けにライブ配信される場合もありますので、お手軽にリアルタイムで楽しみたい方には、おすすめです。

他にも、「TENNIS TV」では、視聴権を購入すれば、ATPワールドツアーをはじめとしたコンテンツがPC、スマホ、タブレットでお手軽に見れます。
視聴権は、デイリー、マンスリー、一年間というプランが用意されています。
デイリーは$9.99、マンスリーは$19.99、年間は$129.95と、長ければ長いほどお得になります。

他にも、ストックホルムオープン等の大会は、地元TV局がライブストリーミングを無料で提供していたりと、大会によっては無料で見れる場合もあります。

とりあえず、試合を見る方法というのは、このような感じでしょうか。

次に、情報やニュースをチェックする場合です。
やっぱり今現在、スマホで錦織圭選手の情報をチェックする、という方が多いと思います。

今はネットで大会速報をはじめ、さまざまな情報を入手することが出来ます。

ATPオフィシャルサイトでは、さすがに本家ということもあって、様々な情報が記載され、また、速報などの反映も非常に早いです。
もちろん、動画や写真なども豊富ですが、英語で書かれていますので、日本人にはちょっと使いにくいかな、という部分はあります。

また、日清食品の錦織圭スペシャルサイトも、錦織圭ファンにとっては欠かすことが出来ない情報収集の場でしょう。
試合結果はもちろん、本人からのメッセージも寄せられていますし、メッセージ動画もあります。

テニス専門雑誌という手もありますが、今は錦織圭選手が活躍して、その傾向は薄れてきたのですが、今まではテニス雑誌は、テニスを「観る」という観点からではなく、「プレイする」という観点から、技術的なものに重きを置かれていました。
最近では、錦織圭選手の取材に力を入れており、錦織圭選手にスポットが当たっている記事も多いです。

また、他のスポーツも好きな方は、「Number」などのスポーツ総合情報誌もいいと思います。
個人的には、様々なスポーツが好きなので、読み物として面白く、様々なスポーツの注目選手がわかる「Number」はおすすめです!


今まで世界で通用するテニスプレイヤーが少なく、日本のメディアを通して現在のテニス界の情報を知るのは、他のメジャースポーツ(野球、サッカー等)と比較して、ちょっと手間が掛かる、というのが現状でしたが、錦織圭ブームが起こっている今、様々なメディアが錦織圭を、テニスの試合を取り上げるようになりました。

なので、今後はもっと容易にテニスの情報を得ることが出来るようになり、日本においてのテニスというスポーツは、もっとメジャーになり、より多くの競技人口になり、もっと世界に通用するプレイヤーが育ってくれれば、と、1ファンとして考えています。


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今回は錦織圭がプロになって、怪我から復帰した頃からの試合をまとめようと思う。
2011年の10月に、錦織圭は日本男子史上最高順位を更新している。
日本男子テニスプレイヤーの松岡修造はとても有名な人だが、最高ランキングは46位だった。
錦織圭が世界ランキング100位に入ったのは2008年のことだった。18歳3ヶ月で世界ランキング100位に入り、日本人最少年記録を達成している。
松岡修造の世界ランキング100位入りは20歳11ヶ月のことだった。
松岡修造自身、錦織圭と比べて欲しくない、才能が違う、と言っているが、比べる人がなかなかいないということもあるだろう。
他にも有名なテニスプレイヤーは多いが、お茶の間まで知れ渡っているテニスプレイヤーは松岡修造くらいなのだ。
そう、日本のテニスはニュースに鋭い人、そして結果と試合の大筋だけを知っている人くらいにしか注目されていなかった。学校でテニスの話題を出す人は少ないだろう。
しかし今は学校に通っている学生もテニスプレイヤーの話しをする。
それは錦織圭が試合で活躍し、そしてテレビに出たときも、持ち前の明るさでお茶の間に笑顔を運んでくれるからなのだ。

さて、そんな錦織圭。
2011年1月『チェンナイ・オープン(インド)』で、彼はベスト8位に入賞した。試合点数だけ見れば苦戦しており、良く奮闘したといえるが、実は1回戦で大会2連覇を果たしているマリン・チリッチ選手に勝っているのだ。大きな勝利といえるだろう。
同年2月『デルレイビーチ国際テニス選手権(アメリカフロリダ州)』でベスト4に入った。
時々苦戦するシーンも出てきたが、試合の結果としてはまずまずだった。
同年4月『全米クレーコート選手権(アメリカ)』では準優勝を果たした。試合の内容は不安なく観戦することの出来るものだった。
ランキング11位の格上の相手にも善戦。今回の大会で彼の世界ランキングは61位から48位に上昇し、自己最高記録となった。
同年6月『AEGON国際オープン(イギリス・イーストボーン)』ではベスト4。最後は苦戦し敗退してしまったが、まずまずの結果だろう。
同年9月『マレーシア・オープン』では、ベスト4に入賞。フルセットで勝つことが多く、体力面で心配されたが、その心配も杞憂だったようだ。
同年10月『上海・ロレックス・マスターズ(中国)』では、彼はベスト4位に入賞し、世界ランキングが30位に。そしてなんとこの大会で日本男子最高順位を更新したことになったのだ。
同年10月下旬『スイス・インドア』では、彼は準優勝を果たした。錦織圭はこの大会で世界ランキング1位のノヴァク・ジョコビッチに勝っている。日本男子が世界1位に勝つことは日本男子史上初めてのことだった。

錦織圭は2011年にユニクロと5年間のスポンサー契約をした。アディダスのユニフォームからユニクロになり、錦織圭はユニクロのCMなどに参加するようになる。
錦織圭モデルのユニフォームは人気があり、どんどん売り切れてしまっている。
錦織圭はユニフォームだけではない。彼の使用しているラケットもとても人気がある。
錦織圭のラケットは錦織圭のこだわりが詰まっている。安定感とパワーはもちろんだが、錦織圭が好むソフトな打球感も得られるようになっている。
アスリートの人だけが使えるようなラケットだけではなく女性や成長途中の子供も使えるような考えられたラケットもあり、老若男女問わず好まれている。

2012年1月『全豪オープン(オーストラリア)』
では8位だった。全豪オープン4回戦進出をしたのは珍しいことだった。
同年2月『クラロ杯(アルゼンチン)』ではベスト8位入り。
同年4月『バルセロナ・オープン・サバデル』ではベスト8位。しかしこの試合で錦織圭は腹筋を痛め途中で棄権をしている。その後の大会は欠場することにし、治療に専念することになった。
欠場した試合は、マドリッド、ローマ、全仏だ。
錦織圭は前に怪我を治療するために何ヶ月か試合を控えていた前例がある。ここは慎重に行動したほうが確かに良かった。
同年7月『キャンベル殿堂テニス選手権(アメリカ、ロードアイランド州 ニューポート)』ではベスト8位。
同年7月中旬『アトランタ・テニス選手権(アメリカ、ジョージア アトランタ)』でもベスト8位。
同年7月下旬『ロンドンオリンピック テニス競技(イギリス)』でもベスト8位。日本男子シングル1回戦を勝利している。日本のテニス史では88年ぶりの快挙だった。
同年9月『マレーシア・オープン』ではベスト4位。マレーシアで行なわれたオープン試合では、2年連続準決勝に進出していることになる。
同年10月『楽天ジャパン・オープン』では優勝した。この試合の優勝でランキングが15位になった。

錦織圭は次第に大きな大会で成績を残すようになっていた。もともと成果がないわけではないし、他の選手と比べると大きな成績を果たしている。
錦織圭の勝利はまぐれなどではない。ちゃんとその手で勝利を掴んでいる。
錦織圭は怪我をし、いったん試合の場所から離れているがちゃんと復帰した。心配されていたテニスの衰えもなかった。むしろ着々と勝利数を上げ、世界ランキングをどんどん上げている。

2012年12月〜2013年1月『ブリスベン国際(オーストラリア)』ではベスト4を果たした。しかし準決勝で左膝に痛みを感じ、棄権している。
同年2月『アメリカ国際インドアテニス選手権(アメリカ)』では優勝した。
決勝では1度もブレイクをされずストレートだった。この大会では殆ど危なげなく勝ち進んでいる。
世界ランキングを少し落とし気味だった錦織圭はこれで持ち直したといえよう。ランキングは22位から16位に巻き戻した。
同年5月『ムチュア・マドリード・オープン(スペイン)』ではベスト8位。彼はこの試合でフェデラーと戦った。錦織圭はフェデラーのことをずっと注目していたので、彼に勝てたことは錦織圭の中でとても大きな出来事だっただろう。
フェデラーも、錦織圭のことを認めている。
同年9月『楽天ジャパン・オープン』ではベスト8位。準々決勝では腰のマッサージをして貰う場面が見られた。怪我の再発が心配されることとなった。

この年の錦織圭は大きな成績を残したということはない。
しかし試合の内容は決して悪いものではなく、むしろ世界ランキングはほぼ20位以内を守っている。
ランキングの面から見ると錦織圭は奮闘したともいえるが、前年から見ると成績が落ちているようにも見える。彼は怪我を理由に調子を落としているのだ。
錦織圭は世界ランキング10位以内を周囲から期待されているせいもあるだろう。マスメディアにも注目され、彼は計り知れないほどプレッシャーを感じていたに違いない。
彼を注目していたのは日本のマスメディアだけではない。海外のマスコミも彼に注目していた。
日本人の中でも彼はトップで高成績だが、世界ランキングで見てもトップレベルだからだ。今後ランキング10位以内に入るかもしれないと噂されているからでもある。
錦織圭の問題は体の不調だ。
怪我が多くなればなるほど試合の質は落ちていく。試合の質が落ちれば、勝利の回数は減ってしまう。
この時から彼の課題は今も変わってはいない。課題は、怪我への配慮だ。
怪我をしないための体を作り、適切に休憩をし、負担のかからない道具を使うことだ。
錦織圭は体のつくり方を変えている。体に負担のかからない動きに変え、そのための筋肉をつければ怪我は減る上に大幅な体力の温存につながる。そうすれば試合を有利に進めることができるようになるのだ。
体力の温存はボールのインパクト時へのブレを制御できる。
世界の注目を集める選手として、彼はこれからも勝利を掴んでいかなければならないのだ。
今後もまだまだ目を離せない。


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今回は彼の2014年の試合についてまとめていこうと思う。
錦織圭の2014年はなんとトップ10入りした怒涛の年でもある。
この年は日本のテニス史の中でも輝かしいものとなるだろう。

錦織圭はまだまだ活躍していくテニスプレイヤーだ。彼はますます腕を磨き、そして世界へ羽ばたいていく。
錦織圭は2014年を変化の年にしたいと言っていた。
変化の年、つまりトップ10以内に食い込むということだ。
2014年に入る前の彼は世界ランキングトップ10入りを果たすだろうと言われていた選手であり、それもまもなくだろうと言われていた。
そして錦織圭は2014年にとうとうトップ10入りを果たした。
彼は2014年のシングルの試合だけで19大会に出場している。その他にもダブルスなどに参加しているため、実際にはもっと多くの大会に参加している。
その他にもテレビなどにも出ているため、彼は忙しい年を過したと言えよう。
彼は有名になればなるほどファンは増え、ファンが増えれば増えるほど彼の仕事は増えていく。
いつか錦織圭がテニスを引退するようなことがあっても、彼は松岡修造と同じようにテレビの前のみんなに忘れられることなく活躍し続けるに違いない。
彼の笑顔は人に勇気を与える。
彼の試合も、人に勇気を与えている。
彼の雄姿はこれからもずっと続くだろう。

2013年〜2014年の12月下旬〜1月上旬にかけての大会『ブリスベン国際(オーストラリア)』では、錦織圭はベスト4位に入ってる。年明け早々に良い成績だ。準々決勝では約2時間30分もかけて試合をし、勝利を収めた。
2014年2月『アメリカ国際インドアテニス選手権』では、度々危ない場面もあったが、彼は見事優勝を果たした。彼はこれで4度目のツアータイトルを獲得したことになる。
同年3月『マイアミ・オープン(アメリカ)』では、彼はベスト4位入りをしている。彼はこの時左足の付け根の負傷のためリタイアをしてしまった。
同年4月『バルセロナ・オープン・サバデル(スペイン)』では、彼は再び優勝をしている。決勝では圧倒的な強さで優勝している。彼は体の鍛え方を変えていた。それが効したといえよう。
彼はこの大会の殆どで強さを見せ付け、そしてランキング12位となった。
同年5月『ムチュア・マドリード・オープン(スペイン)』では、準優勝だった。彼は最後の試合で怪我が原因で棄権してしまったが、彼はこの大会で日本男子初のトップ10入りを果たした。
彼はこの試合で約3時間の戦いをしたが、今までの彼では体力不足だった試合にも彼は善戦するようになった。
同年6月『ゲリー・ウェバー・オープン(ドイツ)』ではベスト4位になった。
同年8月『シティ・オープン(アメリカ)』ではベスト8位だった。
この大会の次の日に彼は右足の親指の手術を受けることになった。
同年8月『全米オープン(アメリカ)』では準優勝を果たした。
彼はこの大会の前に2つ大会を欠場したのが良かったのかもしれない。
彼はグランドスラム勝利数が33回となり、81年ぶりの日本人歴代1位を果たした。準決勝進出をしたため、37回の勝利をしている。錦織圭にとってこの大会はとても長いものだっただろう。一つ一つの試合がなかなか決まらず、体力の消耗が懸念された。
しかし彼はこの大会に勝ち、ランキングがベスト8位になった。
同年9月『マレーシア・オープン(マレーシア)』では優勝を果たした。この大会で彼のランキングは7位に。
2014年の錦織圭は見るもの全てに英姿を見せ付けた。
同年9月『楽天ジャパン・オープン』では、彼はまたもや優勝を果たした。
ここまで来ると一気にランキングが上がるということはなく、寧ろ下がることへの恐怖などが出て来る選手もいるものの、彼はそういったそぶりは見せず、純粋に勝ちへのこだわりを見せ続けていた。
この頃には彼の世界ランキングベスト5位への勝ち入りを信じていた者は多かった。
彼の快進撃は止まらない。
同年10月『BNPパリバ・マスターズ(フランス)』では、彼はベスト4位入りを果たしている。
錦織圭はこの大会で世界ランキング5位になった。
自己最高記録であり、日本にとっても最高記録である。
日本人ではベスト10位入りを果たすのは当分無理だと言われていた一方、彼錦織圭の存在がその説を壊し、そしてもっと高みへと上り詰めた。
彼はテニスを見ている国民、テニスをしている子供達、そして今テニスをしている選手達すべてに希望の姿を見せ付けた。
何事にも不可能はないのだ。
同年11月『ATPワールドツアー・ファイナルズ(イギリス)』で、彼はベスト4位に入っている。
このATPワールドツアー・ファイナルへの出場はアジア初のことだった。ATPワールドツアー・ファイナルとは、年間最終戦のことである。
シングルス8名、ダブルス8名が選ばれ年間の王者を決定する大会だ。第5のグランドスラムとも呼ばれるこの大会は世界中のみんなが注目している。
この戦いに錦織圭が出たことにより、こういった試合があることを始めて知った人も多いだろう。テレビで中継されたこの試合。解説はおなじみの松岡修造だった。
ATPファイナルの開幕戦では、彼はイギリスのアンディ・マレー選手に挑み、6−4、6−4で圧勝。錦織圭への勝利とその強さに拍手が沸き起こった。
錦織圭が唯一勝つことが出来なかった選手がアンディ・マレー選手だった。
この開幕戦もアンディ・マレー選手が勝つと予想した人は多かっただろう。彼の敗退で確かに衝撃を受けていた人は多かった。
しかしアンディ・マレー選手は錦織圭のことを強く意識していたようだった。錦織圭は着々と順位を上げており、過去の彼とは大きく違っているはずだったからだ。
そして錦織圭本人もアンディ・マレー選手のことを強く意識していた。
お互いがいつもならしないようなミスをしていた。先に立ち直ったのは錦織圭だった。
錦織圭のテンポは次第に合わさっていき、アンディ・マレー選手のことを押していく。彼はリズムが乗ればなかなかそれを崩されることはない。主導権さえ握ってしまえば試合は彼のものとなるのだ。
アンディ・マレー選手はどんな試合も諦めない選手として有名であり、今回も最後まで死力を尽くした。
結果は錦織圭の勝ちではあったが、お互い自分を振り返って試合の改善点を見つけることが出来ただろう。
次の試合では史上最強プレイヤーと言われるロジャー・フェデラーとの対戦だった。
結果は錦織圭の敗北。
しかしスコアだけの結果ではない。この試合の内容は決して悪いものではなかった。
錦織圭は奮闘した。彼の体調が良く心身ともに充実していたお陰だろう。ロジャー・フェデラー相手に良く対抗した。
ロジャー・フェデラーは最後に錦織圭に激励の言葉を送っている。
そう、錦織圭のテニスはまだまだこれからなのだ。
ATPファイナル準決勝ではダビド・フェレール選手と戦うことになった。
始めはラオニッチ選手と戦うはずだったのだが、残念ならがラオニッチ選手は怪我により棄権をすることになった。
ダビド・フェレール選手との戦いを錦織圭は「自分の理想のテニス」だと応えた。
この時の錦織圭は攻撃的なスタイルだった。錦織圭は攻撃スタイルを得意とし、そして勝つことへの貪欲さにおいては他の選手に負けない。
彼はダビド・フェレール選手を圧倒し、そして勝利を掴んだ。
その次の戦いはジョコビッチ選手だった。
ジョコビッチ選手は世界ランキング1位の壁だ。
彼は強かった。錦織圭も諦めなかった。
しかし試合はジョコビッチ選手が圧倒した。リズムが取れない錦織圭は結局自分の戦いをすることなく敗北してしまった。
しかしこの戦いで彼はさらに成長することが出来るだろう。
今回の彼はメンタルが崩れてしまった。きっとこれからはメンタルの面で強くなっていくに違いない。
2015年の彼からも、ますます目が離せないだろう。


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錦織圭速報バルセロナオープン [スポーツ]

錦織圭が連覇に向けてバルセロナオープンで活躍している!

もう錦織選手といえば世界ランカーに常にインしている日本きってのテニスプレーヤーです。
昨年もずっと活躍していた錦織圭は、もう王者の貫禄すら見えているほどの選手に育っています。
バルセロナでもどんどん勝ち上がって優勝してもらいたいものですね。

その時々の運やコンディションということもあるでしょうが、それ以上に実力が勝っているわけですから、気合いで乗り切れてしまいますよね。

バルセロナオープンで慣れない事があるとすれば、バルセロナ自体が非常に海抜が高いので
空気の薄さなども関係してくるのかもしれませんが、そこは、地元選手以外、全員が同じ条件ですから
気合いで乗り切ってほしいものですね。

錦織圭は、エアーケイとも呼ばれているのだから、エアーに関することならなんでも制覇出来てしまうでしょう。名前のニックネームとの由来は、あまり関係ないかもしれませんが、錦織選手なら絶対に乗り切れてしまうでしょう。

バルセロナオープンは、4月20日〜4月28日まで開催されているので、日本人が一丸となって
錦織圭を応援しエールを送りましょう。

やっぱりこういう一人ひとりの思いが届くと錦織圭に信じられない様なパワーが出るのではないでしょうか?人間には、信じられないようなことが起こるのがミラクルであり奇跡です。
ただ、思うだけではなく心の底から思い込むことによって、信じられない様な事が起こるのです。
信じるか信じないかは、あなた次第!

だって錦織圭は、自分が絶対に優勝できると信じていたからこそ何度も優勝を手にしてきているわけです。優勝したいと思うのと自分なら必ず優勝できる。する!と思うのとでは、全然、違う結果が出てしまうのですから。

今まで、日本人の選手がなし得なかった優勝という栄冠を何度も手にしている日本男女のテニスプレーヤー唯一の選手が錦織圭です。彼なら年間ワールドチャンピョンの栄光を手にする事だって必ず出来ます。


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錦織圭の支え [スポーツ]

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錦織圭がアジア人初のグランドスラム決勝進出をした事は、日本中が驚いた。
しかし、世界中で驚いたかどうかは分からない。
むしろ、欧米諸国では「やっぱりな」感が強いのではないだろうか。
驚いたのは日本のみではないだろうか。
何しろ、錦織圭の躍進は世界での評価が日本で追いついていないと言われている。
まだ14歳で単身渡米し、そのまま拠点を海外に移してしまった為日本での認知度はそこまで高くなかった。
しかし、グランドスラム決勝進出するに至ってようやく日本中が錦織圭の名前を認知したのである。
ここまでビッグネームなるまでに、両親を始めとし、さまざまな人間によって支えられてきたはずだ。
どのような人々が錦織圭を支えてきたのか、それを見て行きたい。

まずは錦織圭のご両親だ。
テニスを始めた錦織圭の為、テニスに集中できるようにテニスコーチを通じてウィルソンの道場滋へ用具提供を持ちかけた。
非凡な才能見抜いていたコーチは、これに応じ、人となりに惹かれた道場滋が用具提供を受諾した。
11歳にしてウィルソンのバックアップを受ける事ができたのは、父親の行動力の賜物だろう。
それからも、ウィルソン一筋で様々な大会を勝ち抜いて行くのである。
やはり子供の才能を伸ばすも潰すも両親の度量にかかっているのだろう。
ここで錦織圭の父親が、「テニスで食べて行くのなんてムリムリ」と一蹴してしまっていたら、世界ランキング4位に日本人が入るという快挙もなかったのだ。
才能があるため、色々な大会も勝つだろうが、やはり世界の頂点を狙うとなると両親の支えなくしては無理だっただろう。
錦織圭の母親も、マイケル・チャンをコーチにするまでに一役買っている。
やはり両親そろって傍観しているのではなく、子供の為に積極的にかつ効率よく動く事が大切ということだろうか。


次はマイケル・チャン。
2014年からコーチとして錦織圭を支えた人物。
新たにコーチとして錦織圭を支えるこの人物はいったいどのような経歴なのだろうか。
世界ランキング自己最高2位。
グランドスラム優勝経験を持ち、男子シングルでグランドスラム最年少優勝記録保持者だ。
わずか17歳3ヶ月のことだ。
その後もグランドスラム準優勝3回などの実力をほこっている。
31歳で現役引退してからはスポーツの慈善事業をしているらしい。
それが2013年、マイケル・チャンの妻に錦織圭の母親が話しかけたことがきっかけで、マイケルとのつなぎを作った。
そして、IMGが動き、マイケルをコーチへ引き込む事に成功したのである。
その後の結果は昨年一年間をみている通りである。
年初18位だったのが、悲願のベスト10位入り。
そしてとうとうベスト5位入りを果たすのである。
マイケル自体、テニス選手ではあったが、トッププロのコーチ経験は無い。
それでも、なんとしてでもコーチになって欲しかったのは、トップ10位の壁を崩すにはその世界に身を置いた経験が無いとダメだとということだろうか。
「その世界の厳しさを伝授してほしかった」と錦織圭の父親が語っている。
マイケルが錦織圭を支えて1年あまり。
一番錦織圭自身、変わった事は?という質問に「自分を信じることが出来るようになった事」
と述べている。
たしかに、マイケルが錦織圭のコーチに就任してから「ずっと挑戦者ではいられない」と力強い言葉がでるようになった。
トップ3を倒しに行く、という強い気持ちがマイケルによって生まれたのだろう。
メンタル面だけでなく、実際マイケルの猛特訓は凄まじかった。
それを乗り越えただけでも強くなったはず。

次はダンテ・ボッティーニ。
ダンテも元々はテニスの選手だったが、マイケルほどは有名どころではない。
2010年錦織圭IMG時代にヒッティングパートナーとしてフルタイムのコーチに就任したらしい。
マイケルほどの実力の持ち主ではないものの、マイケル就任まで4年間錦織圭を支えてきた。
そして世界ランキング11位まで押し上げたのである。
口うるさいマイケルと比較されておおらかなラテン気質はマイケルといいバランスなのではないだろうか。
その他にも、スペイン語圏の選手やコーチとの人脈を駆使し、大会期間中の練習相手を見つけてくるという役割も担っている。

次は中尾公一。
錦織圭のパッチスポンサー「ウィダー」のトレーナーである。
2010年からスポンサーとして錦織圭を支えるウィダー。
生理学、栄養学、心理学など多方面からのアプローチにより、最高のパフォーマンスができるよう数々のアスリートを支えている。
そのなかでも中尾は2013年より専属トレーナーを務めている。
専属とはいえ、ウィダーにいる他のトレーナーと連携しながら錦織圭の健康を支えているのだ。
2010年錦織圭は右肘の痛みにより、11ヶ月もの間リハビリに励んでいた。
プロ選手として一年近くも大会に出場ができないというのは大変な事だ。
テニスは1年を通して大会があるため、ケガで長期離脱は大きなロスとなる。
それが、中尾がトレーナーを務めてから格段に故障がへったという。
錦織圭自身、昨年は「治療においては100%任せられる」とコメントしている。
中尾はまず、体のひずみを取る事に専念した。
体がきちんとバランスを取れていないため、本来使わなければいけない筋肉を使えていないため、他の部位でそれを補う。
すると補っている部分に付加がかかり過ぎ、痛みが発生するという悪循環をみぬいた。
使わなければいけない筋肉をきちんと使っていく事により、バランスが取れて体幹が整い、ひずみが無くなったという。
そのため、中尾がトレーナーになってからは長期離脱はしていない。
テニスはランキングが上がる程、強制的に出場しなければいけない試合が増えていく。
その為、一年間通して最高のコンディションを保たなければならない。
中尾は錦織圭の健康面を全面的にサポートしているのだ。

次は、オリバー・ファンリンドンク。
錦織圭のマネージャーをしているIMGの人である。
マイケル・チャンをコーチに引き込むべく奔走した人物である。
マイケルの連絡先を手に入れるや否や、マイケルに錦織圭の試合ビデオなどを送り、いかにマイケルが必要かを本人へアピールしたという。
彼の功績無くしてはマイケルはコーチを引き受けなかっただろう。
マネージャーは他のコーチやトレーナーと違い、決して花形な立場ではない。
しかし彼のサポートなくして錦織圭の躍進はなかったと言えるだろう。
そして、その後も錦織圭を支え続ける。
グランドスラム後の,マレーシアオープンにマイケルはやってきた。
本来くる予定はなかったが、オリバーが説得し、クアラルンプールまで来させた。
なぜなら、グランドスラムで活躍した選手は、それをピークに下り坂にさしかかるという。
もし、マレーシアオープンで錦織圭が活躍できなければ、その後もそのまま坂を転げ落ちるという分だ。
気を引き締めさすため。
そしてモチベーションを上げる為でもある。
そういった細かい心遣いでこれからも支え続けていくのだ。

以上が世界ランキング4位という偉業を達成する為に錦織圭を支えてきた一部の人々である。
これ以外にも、IMGへ留学させるため盛田ファンドへスカウトした人物、盛田ファンドの盛田会長。
そしてジュニア時代を支えた人物達。
ジュニア時代のコーチ柏木正樹やIMG時代の旧友富田玄輝、喜多文明など様々な人物によって支えられて来た。
これだけの人物を動かすのだから、錦織圭の人徳とは、テニスの能力と同じ位すごいものだ。


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