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錦織圭が試合を棄権した [試合]

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錦織圭選手の場合は、実際にいろいろな大会に出場していますが棄権をした大会もたくさんあります。
大会を棄権するくらいのけがをいくつも経験しているということです。
テニスのワールドツアーは非常にタフな戦いで、怪我で棄権をするひとがたくさんいます。
錦織圭選手もたくさんお大会で棄権をしています。
錦織圭選手の資金の大会を棄権した時のことですが、2015年の大会で危険した時の印象が強烈すぎてどうしようかと思いました。
一番記憶に新しい棄権と言えば、全英オープンの時の棄権は印象的でした。
ウインブルドンの2回戦で棄権をしたのは、左ふくらはぎを痛めてから途中で棄権をしていますが、2015年はこの大会まで、一度も棄権をすることもなく、途中でトレーナーを呼ぶこともしませんでした。
それが一番大事なウィンブルドンの大会で、なんと初めての棄権をしてしまいました。
ここで無理をしていると後でとんでもないことになっていたかもしれませんので、棄権をしてよかったのではないでしょうか。
錦織圭選手だからこその棄権だったと言えそうです。
ほかのランキングのトップ選手は、ほとんどがヨーロッパの出身で、自宅に帰って家族や恋人と過ごす時間が取れるのですが、錦織圭選手の場合は日本という離れた土地にいるため、移動するのに13時間以上かかります。
そう簡単に自宅に帰ることもできません。
今回のウィンブルドンの棄権は、ヨーロッパの滞在期間が長くなっていたので、恋人や家族にも会うことができずに生活をしていたからだと思いますが、その負担は相当なものだと思います。
棄権をするほどの怪我をする、直接の原因になるとは思いません。
怪我の原因は、ウィンブルドンの芝の影響があるのではないでしょうか。
芝での試合は、ほとんどない今のテニスの試合の中で、この芝での試合がケガへ大きく影響したのではないでしょうか。
ただ、怪我の要因は、もっと深いものがあります。
確かに芝の影響を受けたのは確かですが、それだけであればほかの選手も怪我をして欠場する選手が出ていてもおかしくなかったのではないかと思います。
しかし、ここまで激しいけがをしたのは錦織圭選手だけということでどうしても納得いかにところがあります。
肉体的な負担を錦織圭選手が受けたのは言うまでもありませんが、それだけではなく、精神的なストレスも大きく影響しています。
ウィンブルドンで棄権を下後の会見で、ヨーロッパに長き過ぎたせいで、疲れたということを行っていたのですが、その影響が大きく影響しているように思えます。
錦織圭選手が日本人だということが大きく影響しているのは言うまでもありまえん。
コーチやスタッフは一緒に行動を共にしていますが、あくまでも戦友で心を癒す相手ではありません。
錦織圭選手の場合は、癒してくれる人との交流ができていなかったこともあります。
体力的にもオキナハンディーを負っている。
そのハンディとは、錦織圭選手は日本人としては大きいほうですが、他の選手と比べてみても身長は低く、体重も痩せていて軽量です。
そんな体がこれだけハードな大会を、いくつも世界を転戦しながら戦っていって行くということは相当なからでの負担となります。
その体への負担を考えるとどうしても不利な感じがします。
体力的な問題はいぜんから本人が一番よくわかっていましたので、その経験から、2014年にはマイケルチャンコーチと一緒に体力アップをするための練習におり組んでいました。
ある程度の体力アップをしてきたつもりでしたが、それでもウィンブルドンでは2回戦で棄権をしてしまいました。
いくら鍛えていても、連戦の疲れと、精神的なふたんが貯まれば、ちょっとした好きに怪我をしてしまう場合が増えてきます。
そんな中、錦織圭選手はできる限りの体力的なことをしていましたが、これ以上どうしようもない状態になっています。
ここでは体力アップを続けていくことが必要です。
そのことは、錦織圭選手がわかっているのですが、短時間では、そんなに強靭な体にすることなどできないのではないでしょうか。
そのことを知った1年間だったということです。
そうなると、また別の方法で体力的な面を強化することが必要でしょう。
サッカー選手の長友があれだけ小さな体なのですが、ヨーロッパの大きな選手と戦っても対等にやりあっているのを見ると、錦織圭選手はもっと体幹を鍛えていく必要がありそうです。
体感は1年ぐらいではそこまで効果はありませんが、長い間続けていくことで他オカンを強くして、ヨーロッパの長い戦いを戦い抜くことができる可能性があります。
体力的な面を上げていくことで1年間怪我をすることなく戦っていくことができますが、それがいつになったらこうかが出るのかは本人にしかわかりません。
それが1年後か、3年後かは全くわかりません。
でもまだ体力的にも、今の錦織圭選手では1年間戦い抜くことはできないと思います。
2013年までの大会では、早いうちに負けていたので、体力的に1年間は持っていたのですが、2014年からは、各大会で上位に進出していたので、長い時間試合をすることが増えてきて、体力的なふたんが増えてきています。
今後もっと負担が増えてくると思いますので、より強靭な肉体を必要とします。
とくに錦織圭選手の場合は、自分の体力のなさを技術と冷静な判断力でカバーしていますので、どうしても人より疲れるのではないでしょうか。
疲れと体力の限界と、あとは精神的な疲れの3つが、いろいろと重なりあっていてどれよりも全てで疲れるのではないでしょうか。
それだけ多くのことに苦しめられるということです。
ただ、これからの戦いの中では、多くのことを学ばなければいけないと思います。
錦織圭が今後戦いながらせいちょうしていくひつようがありますが、どの段階でどれだけのことができるかは、本人もわからないと思います。
ただ、精神的な癒しは、錦織圭が結婚する意外方法はないと思います。
今後の錦織圭の4大大会での優勝があるとすれば、最初の大会である全豪オープンだけではないでしょうか。
優勝できるとすれば、全豪オープンだけではないでしょうか。
ほかの大会で優勝できる可能性があるとすれば、全米オープンではなないでしょうか。
全米オープンで優勝できるのは、錦織圭の自宅がアメリカに今はあるからです。


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錦織圭選手の2015年は本人も情けない1年間を過ごしてしまったと反省をしているのではないでしょうか。
s015年の錦織圭選手の1年間が終わりました。
この年は、出だしが非常に良かったので、2914年以上の成績をファンは期待していたのではないでしょうか。
確かにこれだけの成績を上げてきた2014年の錦織圭選手であれば2015年の成績はもっといい成績を上げてもおかしくないような状況だったと思います。
そんな2015年の上半期は間違いなく、この年の調子の良さがでているしあいをしていました。
雲行きが怪しくなったのは、彼女の問題からです。
元々坪井さんと仲が良くて、2015年には結婚をするのではないかと言う噂が飛び交っていましたから、突然の破局が報道されて誰もが耳を疑ったのではないでしょうか。
それくらい衝撃的な事件でした。

あれだけ錦織圭の影で支えてきた坪井さんですが、ファンのみんなからは、錦織圭が悪い人になっていました。
なぜなら、その別れ話と同時期に、女子再生と焼肉デートの噂がたっていて、浮気をしている錦織圭の印象が強くファンの中で焼き付いたように思えます。
そんななかで、また錦織圭がやらかしたのが、モデルの観月あこさんとの彼女説です。
これだけの人気ですから、いろいろな女性からのアプローチがあると思います。
お金も名誉を既にこの若さで持ち合わせているのですから、女性が行かないわけがありません。
そんな中、売れないモデルとの彼女説が出てきて、坪井さんとはどうなったの、とファンからいろいろな意見が出てくるのは仕方がないことです。
余りにも、時期が悪すぎました。
坪井さんを捨てて、顔で選んだ彼女と思われても仕方がないと思いますが、男性であれば、そういうこともあります。
しかし、振った相手が悪かった。
いままで、余り成績が良くなかった時代から一生懸命錦織圭の見方をしていて、怪我をした時でも献身的に支えてきていたのですが、そんな彼女を簡単に降ったような形になりそのまま顔で選んだと言われても仕方がない彼女を作ってしまったからどうしようもないでしょうね。
そんなときに全英オープンで途中棄権をしてから、日本での密会がスクープされたものですから大変なことになってしまいました。
一気に、錦織圭の人気が落ちて、その後の試合でもなかなかいい成績を上げることができなくなりました。
メンタルの部分でやられているのかと思っている人もいるかもしれませんが、錦織圭のメンタルはそんなものでは落ちません。
単なる練習不足と体力扶桑で、いい試合をすることができなくなってきていたのではないでしょうか。
それでけ、2014年のフィーバービルでマスコミ露出したのが影響して、十分な練習をすることができていなかったように思えます。
そんな錦織圭ですが、それでも、意地で2015年最後の試合では、以前の錦織圭を見ることができました。
ツアーファイナルの試合ですが、惜しくも準決勝にはいけませんでしたが、おしくも1勝2負ということで準決勝にはいけませんでしたが、以前お錦織圭の試合を見ているようで、非常によかったです。
自分を見失っているのではないかと思っていましたが、見失っていなかったようです。
そんな強靭なメンタル面をしっかりと発揮してくれていました。
錦織圭さんの強靭なメンタルは、誰よりも強いということが分かりました。
2015年の錦織圭はランキングが8位で終了してしまいましたが、2014年よりランキング的には悪い年ではありましたが、最後のワールドツアーファイナルへの参加を決めているのですから、2014年より悪い成績ではなかったように思えます。
そんな2015年の試合を振り返って、全英オープンで故障で棄権をしたときの経験が良かったのではないかと思っています。
ただ、この試合で戦う目にまけているということは、技術以前お問題があるということに気づいたのではないかと思います。
いくら技術があっても、試合に出られなければ意味がないということを、身を持って感じることができたのではないでしょうか。
そんな錦織圭は、2015年に関しては、試合に勝つこと以上の大事なことがあるということは、自分気づかなければだれも押してくれないものです。
そのプロスポーツ選手として、毎年たくさんの試合は、世界をまたにかけて行ってくのですから、なにが一番大切なことなんかを、しっかりと感じ取った1年間だったのではないでしょうか。
これほどまで充実した1年間は今までに中xcつたと、錦織圭が一番わかっているのではないでしょうか。
そんな錦織圭選手だから、現在マスコミから一切噂を聞かないということが、2016年の試合に望むために、より多くの練習と体力アップが必要と感じて、今、その体作りをしているものと思います。
2016年度の試合といえば、既に1月から始まりますがどのような試合をしていくのか楽しみにしていていいのではないでしょうか。
1月といえば、新年早々から4大大会の1つである全豪オープンが始まります。
全豪オープンといえば、錦織圭が2014年にジョコビッチに勝ってなんと準優勝までした大会で、体力的にも、シーズンが始まったばかりのため、体力と精神がどれもMAXの状態で望むことが出来る試合を期待することができます。
この全豪オープンを錦織圭がどんな戦い方をするかで、この年の試合での成績を占うことができるといっても過言ではないと思います。
日程的には、1月18日・19日に1回線があり、誰と試合をするのかは分かりませんが、シード上位選手として、ブロック分けされますので、ベスト8間で良ければ成功ではないかと思います。
それ以上行けるようですと、ことしの錦織圭はなにか波乱を起こしてくれるのではないかと思います。
2016年はジョコビッチやフェデラー選手に買ってもらいたいと思います。
この大会もハードで2日に1試合をするようなきつい戦いになると思います。
ただ、オーストラリアは事付き真夏で、40度近い気温になると思いますので、暑さとの戦いでもあるのではないでしょうか。
試合では相手選手との戦いでもありますが、暑さとの戦いでもある1月からすごい暑さの中で戦っていかなければいけません。
オーストラリアの選手に有利な大会ですが、その中でオフシーズンを錦織圭選手がどう過ごしたかで試合結果が変わってくるのではないでしょうか。
今の錦織圭の実力であれば、当然BEST8に残ることが期待されますが、メンタルと体力の状態がどの程度になっているかを、見極めるにはちょうどいい試合をするのではないでしょうか。
2016年の錦織圭には期待したいと思っています。


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錦織圭と盛田正明 [試合]

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錦織圭がこれほどまでにテニスで活躍できるのは、錦織圭本人の才能ももちろんの事、周りのバックアップもあったせいだろう。
錦織圭の活躍により、一躍世間に名前が知れ渡った「盛田ファンド」。
プロのテニスプーヤーを目指す上で何よりも強力なバックアップとなる。
錦織圭もジュニア時代、この盛田ファンドにバックアップしてもらっていた。
では盛田ファンドとは一体どういったものなのだろうか。
設立はソニー株式会社の副社長も勤めた事のある人物、盛田正明だ。
盛田正明は、会社の研修で行った先の大学でテニスと出会った。
社会人になってからのテニスデビューだ。
錦織圭は5歳のころから始めたのに対して、盛田正明はだいぶ遅いスタートだった。
そこからテニスにはまり、長年テニスを続けているが、きちんと教わった事は無いという。
全部我流でやっていたらしい。
その盛田正明が会社を引退後、突然人生の目標を失ってしまった。
いままでは仕事の成果こそが人生の目的であったのだが、引退後は何も無くなってしまった。
それを恐れ、なにか生涯をかけて達成できることを始めよう、そう考えて盛田正明によって設立されたのが盛田ファンドだ。
昔は日本のテニスも世界の選手と対等に戦ってこれた。
錦織圭が生まれる遥か昔の事だが、テニスが日本に入って来たのは大体1878年。
日本人がテニスを始めたのは1886年。
今から129年も前のことだ。
1919年には全米3位になったのは日本人。
そしてアントワープ5輪で日本が初めて銀メダルを手にしたのは1920年、テニスのダブルスにおいてだ。
同じ年、ウィンブルドンで準決勝相当に該当するところまで進んだのも日本人。
1921年初のデビスカップ参加で昨年王者と対戦するチャレンンラウンド(決勝に該当?)に進出したのも日本人だ。
それが戦後になると中々突出した選手が男女ともに出てこなかった。
テニスというスポーツをみてみても、なかなかスポンサーがつかないし、ゴルフと違って賞金も日本はとても低い。
これは、日本では世界を相手に出来ない下火のテニスということを如実に表している。
競馬でも日本の馬は凱旋門賞では優勝できていないが、それでも他のレースでは優勝したり、結構上位に食い込んでいる。
日本の競馬は世界でもトップクラスの賞金が出る。
そして世界でも通用するくらい強い。
しかしテニスはそうではない。
だからこそ、盛田正明はこの日本のテニス界から、世界トップを輩出することを目的としたのだろう。
日本のテニスでは世界に通用しないと考えた盛田正明は、海外で若い人材を教育する事に決めた。
そのためにはどうすればいいのか、盛田正明はどうやらけっこう悩んだようだ。
そして親友でもあるマーク・マコーマックに相談すると、「最近買収した、ニックボロテリーアカデミーを使ってくれ」という話しになったそうだ。
そして、留学先が盛田ファンドからIMGへという流れになったのだ。
錦織圭はこのIMGで学んだ訳だが、ちょっと運命的なものを感じる。
さすがソニー元副社長というか、盛田正明人脈がハンパ無い。
マーク・マーコックが「親友」という位置にいる、というのがすごい。
マーク・マーコックとはスタープレイヤーのスポーツマーネジメントとという仕事からスタートし、最終はスタープレーヤーだけでなく、様々な分野の著名人のエージェントやスポーツ番組制作など幅広く事業展開し、2003年72歳で亡くなった。

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彼の得意分野はゴルフ。
スポーツビジネスで最も影響力のある人物と言われている。
そんな人物がポケットに入っているとは、本当にすごい。
もし盛田正明の人脈にマーコックがいなくても、どうにかして海外でテニスを習うという事はできただろう。
そして錦織圭もそこで育ったはずだ。
しかし、世界のトッププレーヤーを輩出しているニックボロテリーアカデミーほどではないはずだ。
いいタイミングでいい人脈がある、というのが一流企業の副社長盛田正明ならではだろう。
もし留学先がニックボロテリーアカデミーでなかったとしたら、おそらく錦織圭の運命も大きく変わっていた事はずだ。
錦織圭はここで様々な出会いを果たしている。
トップを狙うナダルが、対フェデラー対策に錦織圭を起用したり、その他もろもろのトップクラスの選手たちの練習相手ができることや、チャンのメールアドレスを錦織圭(正確にはその母親)がゲットするや、マネジメント担当のオリバー・ファンドリンクがマイケル・チャンを錦織圭の専属コーチへ口説き落としたのもIMGのエージェントならではの戦略の強さだろう。
そして何より、錦織圭が盛田ファンド設立よりも早く生まれていればこのような出会いはなかった。
錦織圭がもう数年だけでも早く生まれていれば、ジュニア時代に盛田ファンドがまだなかったかもしれない。
ほんの少しの偶然が重なって、運命が錦織圭を導いている様に見える。

盛田ファンドの存在意義はただ単に、テニスの普及などといった生温い話しではない。
万全の体制でバックアップするが、そのかわりバックアップの条件も非常に厳しい物となっている。
まずは、1次公募。
錦織圭の時代はスカウト形式だったが、最近は公募を行っている。
ちなみに錦織圭時は日本から錦織圭を含めて3名留学している。
これは現在も最多人数記録だ。
IMGアカデミーから呼び寄せたヘッドコーチによる2次選考。
それに受かればIMGでの2週間の短期留学。
外国人ばかりの環境に上手く適応できるかどうかを審査する。
それに合格すると、最終意思決定として最低1年間は家を離れてテニス漬けの生活が出来るかどうかを本人と家族に問う。
合意をすれば、晴れて盛田ファンドの援助を受け、IMGへ留学となる。
これによって錦織圭は14歳にして単身でアメリカへ渡ったのだ。
その後も1年ごとに高い目標を決められ、それに応じた結果をださなければならない。
それが出来なければ、1年で留学は打ち切りとなる。
錦織圭は1年目はそれほどでは無かったようだが、2年目からぐんぐん成長したという。
毎年目標を達成できれば、18歳まで援助が続く。
そしてプロへ転向という筋書きだ。
この留学を全う出来たのは錦織圭が初めてで、後に西岡良仁と今のところこの二人のみ。
その間、IMGの学費はもとより、本人が望めば日本の通信教育の学費、遠征費、生活費、アメリカの学校の学費、IMG滞在費、成田空港からIMGまでの交通費などが援助される。
これらは一切返金不要。
しかし世界ランキング100位以内に入ると、年間獲得賞金の10%を5年に渡って返還する決まりがある。
後の選手育成に回されるのである。
その他注意点は、スポンサー企業からテニス用品の支給は認められているが、金銭の授与に関しては、受け取った時点で盛田ファンドからの援助は打ち切られる。
あくまで、自費で留学できない若手に限定しているので、スポンサーがいるならそっちから援助を受ければ良いということだろう。

錦織圭はこのシステムを使い、3年目からエリートコースに昇格。
それと同時にIMGの提案で錦織圭に選任コーチが付く事になった。
これは盛田ファンド設立時のモットーともいうべき「良いと思われる事は何でもやって見よう」を盛田正明が実践した形といえる。
選任コーチを付けるということは、年間費用が一気に跳ね上がり1000万円を超えるという。
それでも盛田正明が即決したのは、錦織圭こそが日本人テニスプレーヤーで初めて世界のトップに立てる、そう思ったからだろう。
その後、錦織圭が世界ランキング100位以内に入り、盛田ファンドへ10%の賞金を還元したが3年目から専任コーチを付けた事によって、結局ペイできなかったらしい。
それでも盛田正明は世界のトップを育てられるという喜びには替えがたいだろう。
マーコックがボロテリーアカデミーと出会い、そのマーコックに盛田正明が出会い、その盛田ファンドに錦織圭が出会い、マイケルがその錦織圭に出会った。
これで役者はそろった。
あとは錦織圭がトップを極めるのを見守るのみだ。
そうすれば、錦織圭を追いかけて日本のジュニア達も育ってくるのではないだろうか。

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錦織圭が試合で活躍出来る [試合]

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今いちばん勢いがあり、注目されている日本人スポーツ選手は、「錦織圭」だと思います。

今までは「世界に通用しない、する訳がない」と思われていたテニス界ですが、錦織圭選手は2014年には4大大会決勝進出、2015年には世界ランキング4位に上昇し、日本ならずアジアの記録もどんどん塗り替えています。

日本だけでなく、アジアで「錦織圭」の名前を知らない人物は、少なくなってきているといっていいでしょう。

が、テニスの主戦場は欧米で、また、今までは錦織圭選手が活躍するまで、日本に世界に通用する有力選手があまり存在しなかったということで、テレビ放映は未だにされてないことが多く、最近錦織圭選手のファンになった方、テニスファンになった方は、「どこで錦織圭の速報、試合結果、リアルタイムで見れるの?」と、気になっていることだと思います。

ということで、ここではテニスはどこで見ることが出来るか、錦織圭選手をリアルタイムで見ることが出来るのか、錦織圭選手の情報はどこで集めるか、テニスをより深く見るには、ということを、簡単に紹介したいと思います。

地上波では今のところ、NHKがウィンブルドンを放送する程度です。
四大大会(グランドスラム)でも、いちばん歴史がある大会です。グラスコート(芝)の大会で、6月最終の月曜〜7月第1週に基本的に行われます。
決勝は生放送されます、が、それ以外は録画放送が多いです。
生放送ももちろんありますが、リアルタイムで見れることは少ないです。
また1日の放送では、1〜2試合が放送されるので、「見ることが出来る試合」「見ることが出来ない試合」があります。
今は錦織圭選手が注目されていますので、もちろん錦織圭選手の試合が優先的に放映されると思います。
NHKの放送ですので、日本人選手が優先して放送される傾向にあります。

また、国内大会も地上波で放送されることがあります(全日本選手権などです)。
ただ、放映枠を超えて放送されることは少なく、録画放送であることも多く、準決勝、決勝のみが放送される傾向にあります。
錦織圭ブームが来ている今は、今後、国内大会が放送されるときは、錦織圭選手の試合が優先して放送されるのかな、と個人的には思います。

もし、「じっくりテニスの試合を見たい」と思われる場合は、WOWWOW、もしくはCSスポーツチャンネルである「GAORA」がいいと思います。

WOWWOWは、グランドスラム4大大会(ウィンブルドン、全米、全仏、全豪)の放映権を持っていますし、大会開催中は放送枠をとってじっくり放送してくれます。
また、日本人、特に錦織圭選手については、ほぼ全部放送してくれます。
他にも、錦織圭選手の特番が頻繁に放送されるのもおすすめな点のひとつです。
2015年には、錦織圭選手のグランドスラムの試合が、ほぼ全部(過去のものも含め)放送されることになっていましたので、最近錦織圭選手のファンになった、という方にとっては、非常にありがたいのではないでしょうか。

また、GAORAは、男女ツアーの放送以外にも、ATP Tennis Showという、テニスファンに評判のいい番組があります。
テニス界のニュース、各選手にスポットを当て、「現在のテニス界」が理解しやすい番組です。錦織圭選手、結果、速報、リアルタイムでの試合だけでなく、現在のテニス界のことが知りたい、と考えている方は、GAORAがおすすめです。
また、GAORAは、AIGオープン、東レPPOなどの大会を、朝〜夜まで、半日以上じっくり放送することもあります。
大会ごとに異なりますが、1回戦から放映してくれることもありますので、初戦から見たい、錦織圭選手以外も1回戦からじっくり見たい方には、GAORAは非常にありがたいと思います。
また、放送予定がない大会でも、錦織圭選手が出場する大会を、特別に放送してくれることもあります。

テニスの試合を本格的に見るなら、地上波という選択肢でなく、「GAORA」と「WOWWOW」を選択するのがいいと思います。
また、放送している内容も異なりますので、テニスを本気で見たいと思う方は、「GAORA」「WOWWOW」、両方加入しても損はありません。

ただ、「今から加入して、毎月、月額料金をテニスだけのために払うのは……」「もっと手軽に、テニスを観たい」と考える方もいらっしゃると思います。

そんな方のために、JTA(日本テニス協会)運営の「JTA Tennis ONLINE」では、国内大会中心で、視聴が可能です。
無料会員でも見ることが出来るコンテンツが豊富ですが、月額420円で有料会員のみが閲覧できる試合もありますし、有料会員向けにライブ配信される場合もありますので、お手軽にリアルタイムで楽しみたい方には、おすすめです。

他にも、「TENNIS TV」では、視聴権を購入すれば、ATPワールドツアーをはじめとしたコンテンツがPC、スマホ、タブレットでお手軽に見れます。
視聴権は、デイリー、マンスリー、一年間というプランが用意されています。
デイリーは$9.99、マンスリーは$19.99、年間は$129.95と、長ければ長いほどお得になります。

他にも、ストックホルムオープン等の大会は、地元TV局がライブストリーミングを無料で提供していたりと、大会によっては無料で見れる場合もあります。

とりあえず、試合を見る方法というのは、このような感じでしょうか。

次に、情報やニュースをチェックする場合です。
やっぱり今現在、スマホで錦織圭選手の情報をチェックする、という方が多いと思います。

今はネットで大会速報をはじめ、さまざまな情報を入手することが出来ます。

ATPオフィシャルサイトでは、さすがに本家ということもあって、様々な情報が記載され、また、速報などの反映も非常に早いです。
もちろん、動画や写真なども豊富ですが、英語で書かれていますので、日本人にはちょっと使いにくいかな、という部分はあります。

また、日清食品の錦織圭スペシャルサイトも、錦織圭ファンにとっては欠かすことが出来ない情報収集の場でしょう。
試合結果はもちろん、本人からのメッセージも寄せられていますし、メッセージ動画もあります。

テニス専門雑誌という手もありますが、今は錦織圭選手が活躍して、その傾向は薄れてきたのですが、今まではテニス雑誌は、テニスを「観る」という観点からではなく、「プレイする」という観点から、技術的なものに重きを置かれていました。
最近では、錦織圭選手の取材に力を入れており、錦織圭選手にスポットが当たっている記事も多いです。

また、他のスポーツも好きな方は、「Number」などのスポーツ総合情報誌もいいと思います。
個人的には、様々なスポーツが好きなので、読み物として面白く、様々なスポーツの注目選手がわかる「Number」はおすすめです!


今まで世界で通用するテニスプレイヤーが少なく、日本のメディアを通して現在のテニス界の情報を知るのは、他のメジャースポーツ(野球、サッカー等)と比較して、ちょっと手間が掛かる、というのが現状でしたが、錦織圭ブームが起こっている今、様々なメディアが錦織圭を、テニスの試合を取り上げるようになりました。

なので、今後はもっと容易にテニスの情報を得ることが出来るようになり、日本においてのテニスというスポーツは、もっとメジャーになり、より多くの競技人口になり、もっと世界に通用するプレイヤーが育ってくれれば、と、1ファンとして考えています。


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今回は錦織圭がプロになって、怪我から復帰した頃からの試合をまとめようと思う。
2011年の10月に、錦織圭は日本男子史上最高順位を更新している。
日本男子テニスプレイヤーの松岡修造はとても有名な人だが、最高ランキングは46位だった。
錦織圭が世界ランキング100位に入ったのは2008年のことだった。18歳3ヶ月で世界ランキング100位に入り、日本人最少年記録を達成している。
松岡修造の世界ランキング100位入りは20歳11ヶ月のことだった。
松岡修造自身、錦織圭と比べて欲しくない、才能が違う、と言っているが、比べる人がなかなかいないということもあるだろう。
他にも有名なテニスプレイヤーは多いが、お茶の間まで知れ渡っているテニスプレイヤーは松岡修造くらいなのだ。
そう、日本のテニスはニュースに鋭い人、そして結果と試合の大筋だけを知っている人くらいにしか注目されていなかった。学校でテニスの話題を出す人は少ないだろう。
しかし今は学校に通っている学生もテニスプレイヤーの話しをする。
それは錦織圭が試合で活躍し、そしてテレビに出たときも、持ち前の明るさでお茶の間に笑顔を運んでくれるからなのだ。

さて、そんな錦織圭。
2011年1月『チェンナイ・オープン(インド)』で、彼はベスト8位に入賞した。試合点数だけ見れば苦戦しており、良く奮闘したといえるが、実は1回戦で大会2連覇を果たしているマリン・チリッチ選手に勝っているのだ。大きな勝利といえるだろう。
同年2月『デルレイビーチ国際テニス選手権(アメリカフロリダ州)』でベスト4に入った。
時々苦戦するシーンも出てきたが、試合の結果としてはまずまずだった。
同年4月『全米クレーコート選手権(アメリカ)』では準優勝を果たした。試合の内容は不安なく観戦することの出来るものだった。
ランキング11位の格上の相手にも善戦。今回の大会で彼の世界ランキングは61位から48位に上昇し、自己最高記録となった。
同年6月『AEGON国際オープン(イギリス・イーストボーン)』ではベスト4。最後は苦戦し敗退してしまったが、まずまずの結果だろう。
同年9月『マレーシア・オープン』では、ベスト4に入賞。フルセットで勝つことが多く、体力面で心配されたが、その心配も杞憂だったようだ。
同年10月『上海・ロレックス・マスターズ(中国)』では、彼はベスト4位に入賞し、世界ランキングが30位に。そしてなんとこの大会で日本男子最高順位を更新したことになったのだ。
同年10月下旬『スイス・インドア』では、彼は準優勝を果たした。錦織圭はこの大会で世界ランキング1位のノヴァク・ジョコビッチに勝っている。日本男子が世界1位に勝つことは日本男子史上初めてのことだった。

錦織圭は2011年にユニクロと5年間のスポンサー契約をした。アディダスのユニフォームからユニクロになり、錦織圭はユニクロのCMなどに参加するようになる。
錦織圭モデルのユニフォームは人気があり、どんどん売り切れてしまっている。
錦織圭はユニフォームだけではない。彼の使用しているラケットもとても人気がある。
錦織圭のラケットは錦織圭のこだわりが詰まっている。安定感とパワーはもちろんだが、錦織圭が好むソフトな打球感も得られるようになっている。
アスリートの人だけが使えるようなラケットだけではなく女性や成長途中の子供も使えるような考えられたラケットもあり、老若男女問わず好まれている。

2012年1月『全豪オープン(オーストラリア)』
では8位だった。全豪オープン4回戦進出をしたのは珍しいことだった。
同年2月『クラロ杯(アルゼンチン)』ではベスト8位入り。
同年4月『バルセロナ・オープン・サバデル』ではベスト8位。しかしこの試合で錦織圭は腹筋を痛め途中で棄権をしている。その後の大会は欠場することにし、治療に専念することになった。
欠場した試合は、マドリッド、ローマ、全仏だ。
錦織圭は前に怪我を治療するために何ヶ月か試合を控えていた前例がある。ここは慎重に行動したほうが確かに良かった。
同年7月『キャンベル殿堂テニス選手権(アメリカ、ロードアイランド州 ニューポート)』ではベスト8位。
同年7月中旬『アトランタ・テニス選手権(アメリカ、ジョージア アトランタ)』でもベスト8位。
同年7月下旬『ロンドンオリンピック テニス競技(イギリス)』でもベスト8位。日本男子シングル1回戦を勝利している。日本のテニス史では88年ぶりの快挙だった。
同年9月『マレーシア・オープン』ではベスト4位。マレーシアで行なわれたオープン試合では、2年連続準決勝に進出していることになる。
同年10月『楽天ジャパン・オープン』では優勝した。この試合の優勝でランキングが15位になった。

錦織圭は次第に大きな大会で成績を残すようになっていた。もともと成果がないわけではないし、他の選手と比べると大きな成績を果たしている。
錦織圭の勝利はまぐれなどではない。ちゃんとその手で勝利を掴んでいる。
錦織圭は怪我をし、いったん試合の場所から離れているがちゃんと復帰した。心配されていたテニスの衰えもなかった。むしろ着々と勝利数を上げ、世界ランキングをどんどん上げている。

2012年12月〜2013年1月『ブリスベン国際(オーストラリア)』ではベスト4を果たした。しかし準決勝で左膝に痛みを感じ、棄権している。
同年2月『アメリカ国際インドアテニス選手権(アメリカ)』では優勝した。
決勝では1度もブレイクをされずストレートだった。この大会では殆ど危なげなく勝ち進んでいる。
世界ランキングを少し落とし気味だった錦織圭はこれで持ち直したといえよう。ランキングは22位から16位に巻き戻した。
同年5月『ムチュア・マドリード・オープン(スペイン)』ではベスト8位。彼はこの試合でフェデラーと戦った。錦織圭はフェデラーのことをずっと注目していたので、彼に勝てたことは錦織圭の中でとても大きな出来事だっただろう。
フェデラーも、錦織圭のことを認めている。
同年9月『楽天ジャパン・オープン』ではベスト8位。準々決勝では腰のマッサージをして貰う場面が見られた。怪我の再発が心配されることとなった。

この年の錦織圭は大きな成績を残したということはない。
しかし試合の内容は決して悪いものではなく、むしろ世界ランキングはほぼ20位以内を守っている。
ランキングの面から見ると錦織圭は奮闘したともいえるが、前年から見ると成績が落ちているようにも見える。彼は怪我を理由に調子を落としているのだ。
錦織圭は世界ランキング10位以内を周囲から期待されているせいもあるだろう。マスメディアにも注目され、彼は計り知れないほどプレッシャーを感じていたに違いない。
彼を注目していたのは日本のマスメディアだけではない。海外のマスコミも彼に注目していた。
日本人の中でも彼はトップで高成績だが、世界ランキングで見てもトップレベルだからだ。今後ランキング10位以内に入るかもしれないと噂されているからでもある。
錦織圭の問題は体の不調だ。
怪我が多くなればなるほど試合の質は落ちていく。試合の質が落ちれば、勝利の回数は減ってしまう。
この時から彼の課題は今も変わってはいない。課題は、怪我への配慮だ。
怪我をしないための体を作り、適切に休憩をし、負担のかからない道具を使うことだ。
錦織圭は体のつくり方を変えている。体に負担のかからない動きに変え、そのための筋肉をつければ怪我は減る上に大幅な体力の温存につながる。そうすれば試合を有利に進めることができるようになるのだ。
体力の温存はボールのインパクト時へのブレを制御できる。
世界の注目を集める選手として、彼はこれからも勝利を掴んでいかなければならないのだ。
今後もまだまだ目を離せない。


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今回は彼の2014年の試合についてまとめていこうと思う。
錦織圭の2014年はなんとトップ10入りした怒涛の年でもある。
この年は日本のテニス史の中でも輝かしいものとなるだろう。

錦織圭はまだまだ活躍していくテニスプレイヤーだ。彼はますます腕を磨き、そして世界へ羽ばたいていく。
錦織圭は2014年を変化の年にしたいと言っていた。
変化の年、つまりトップ10以内に食い込むということだ。
2014年に入る前の彼は世界ランキングトップ10入りを果たすだろうと言われていた選手であり、それもまもなくだろうと言われていた。
そして錦織圭は2014年にとうとうトップ10入りを果たした。
彼は2014年のシングルの試合だけで19大会に出場している。その他にもダブルスなどに参加しているため、実際にはもっと多くの大会に参加している。
その他にもテレビなどにも出ているため、彼は忙しい年を過したと言えよう。
彼は有名になればなるほどファンは増え、ファンが増えれば増えるほど彼の仕事は増えていく。
いつか錦織圭がテニスを引退するようなことがあっても、彼は松岡修造と同じようにテレビの前のみんなに忘れられることなく活躍し続けるに違いない。
彼の笑顔は人に勇気を与える。
彼の試合も、人に勇気を与えている。
彼の雄姿はこれからもずっと続くだろう。

2013年〜2014年の12月下旬〜1月上旬にかけての大会『ブリスベン国際(オーストラリア)』では、錦織圭はベスト4位に入ってる。年明け早々に良い成績だ。準々決勝では約2時間30分もかけて試合をし、勝利を収めた。
2014年2月『アメリカ国際インドアテニス選手権』では、度々危ない場面もあったが、彼は見事優勝を果たした。彼はこれで4度目のツアータイトルを獲得したことになる。
同年3月『マイアミ・オープン(アメリカ)』では、彼はベスト4位入りをしている。彼はこの時左足の付け根の負傷のためリタイアをしてしまった。
同年4月『バルセロナ・オープン・サバデル(スペイン)』では、彼は再び優勝をしている。決勝では圧倒的な強さで優勝している。彼は体の鍛え方を変えていた。それが効したといえよう。
彼はこの大会の殆どで強さを見せ付け、そしてランキング12位となった。
同年5月『ムチュア・マドリード・オープン(スペイン)』では、準優勝だった。彼は最後の試合で怪我が原因で棄権してしまったが、彼はこの大会で日本男子初のトップ10入りを果たした。
彼はこの試合で約3時間の戦いをしたが、今までの彼では体力不足だった試合にも彼は善戦するようになった。
同年6月『ゲリー・ウェバー・オープン(ドイツ)』ではベスト4位になった。
同年8月『シティ・オープン(アメリカ)』ではベスト8位だった。
この大会の次の日に彼は右足の親指の手術を受けることになった。
同年8月『全米オープン(アメリカ)』では準優勝を果たした。
彼はこの大会の前に2つ大会を欠場したのが良かったのかもしれない。
彼はグランドスラム勝利数が33回となり、81年ぶりの日本人歴代1位を果たした。準決勝進出をしたため、37回の勝利をしている。錦織圭にとってこの大会はとても長いものだっただろう。一つ一つの試合がなかなか決まらず、体力の消耗が懸念された。
しかし彼はこの大会に勝ち、ランキングがベスト8位になった。
同年9月『マレーシア・オープン(マレーシア)』では優勝を果たした。この大会で彼のランキングは7位に。
2014年の錦織圭は見るもの全てに英姿を見せ付けた。
同年9月『楽天ジャパン・オープン』では、彼はまたもや優勝を果たした。
ここまで来ると一気にランキングが上がるということはなく、寧ろ下がることへの恐怖などが出て来る選手もいるものの、彼はそういったそぶりは見せず、純粋に勝ちへのこだわりを見せ続けていた。
この頃には彼の世界ランキングベスト5位への勝ち入りを信じていた者は多かった。
彼の快進撃は止まらない。
同年10月『BNPパリバ・マスターズ(フランス)』では、彼はベスト4位入りを果たしている。
錦織圭はこの大会で世界ランキング5位になった。
自己最高記録であり、日本にとっても最高記録である。
日本人ではベスト10位入りを果たすのは当分無理だと言われていた一方、彼錦織圭の存在がその説を壊し、そしてもっと高みへと上り詰めた。
彼はテニスを見ている国民、テニスをしている子供達、そして今テニスをしている選手達すべてに希望の姿を見せ付けた。
何事にも不可能はないのだ。
同年11月『ATPワールドツアー・ファイナルズ(イギリス)』で、彼はベスト4位に入っている。
このATPワールドツアー・ファイナルへの出場はアジア初のことだった。ATPワールドツアー・ファイナルとは、年間最終戦のことである。
シングルス8名、ダブルス8名が選ばれ年間の王者を決定する大会だ。第5のグランドスラムとも呼ばれるこの大会は世界中のみんなが注目している。
この戦いに錦織圭が出たことにより、こういった試合があることを始めて知った人も多いだろう。テレビで中継されたこの試合。解説はおなじみの松岡修造だった。
ATPファイナルの開幕戦では、彼はイギリスのアンディ・マレー選手に挑み、6−4、6−4で圧勝。錦織圭への勝利とその強さに拍手が沸き起こった。
錦織圭が唯一勝つことが出来なかった選手がアンディ・マレー選手だった。
この開幕戦もアンディ・マレー選手が勝つと予想した人は多かっただろう。彼の敗退で確かに衝撃を受けていた人は多かった。
しかしアンディ・マレー選手は錦織圭のことを強く意識していたようだった。錦織圭は着々と順位を上げており、過去の彼とは大きく違っているはずだったからだ。
そして錦織圭本人もアンディ・マレー選手のことを強く意識していた。
お互いがいつもならしないようなミスをしていた。先に立ち直ったのは錦織圭だった。
錦織圭のテンポは次第に合わさっていき、アンディ・マレー選手のことを押していく。彼はリズムが乗ればなかなかそれを崩されることはない。主導権さえ握ってしまえば試合は彼のものとなるのだ。
アンディ・マレー選手はどんな試合も諦めない選手として有名であり、今回も最後まで死力を尽くした。
結果は錦織圭の勝ちではあったが、お互い自分を振り返って試合の改善点を見つけることが出来ただろう。
次の試合では史上最強プレイヤーと言われるロジャー・フェデラーとの対戦だった。
結果は錦織圭の敗北。
しかしスコアだけの結果ではない。この試合の内容は決して悪いものではなかった。
錦織圭は奮闘した。彼の体調が良く心身ともに充実していたお陰だろう。ロジャー・フェデラー相手に良く対抗した。
ロジャー・フェデラーは最後に錦織圭に激励の言葉を送っている。
そう、錦織圭のテニスはまだまだこれからなのだ。
ATPファイナル準決勝ではダビド・フェレール選手と戦うことになった。
始めはラオニッチ選手と戦うはずだったのだが、残念ならがラオニッチ選手は怪我により棄権をすることになった。
ダビド・フェレール選手との戦いを錦織圭は「自分の理想のテニス」だと応えた。
この時の錦織圭は攻撃的なスタイルだった。錦織圭は攻撃スタイルを得意とし、そして勝つことへの貪欲さにおいては他の選手に負けない。
彼はダビド・フェレール選手を圧倒し、そして勝利を掴んだ。
その次の戦いはジョコビッチ選手だった。
ジョコビッチ選手は世界ランキング1位の壁だ。
彼は強かった。錦織圭も諦めなかった。
しかし試合はジョコビッチ選手が圧倒した。リズムが取れない錦織圭は結局自分の戦いをすることなく敗北してしまった。
しかしこの戦いで彼はさらに成長することが出来るだろう。
今回の彼はメンタルが崩れてしまった。きっとこれからはメンタルの面で強くなっていくに違いない。
2015年の彼からも、ますます目が離せないだろう。


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